奈良とイタリア──。

二つの古い文化は、それぞれの時空で独自に熟成しながらも、
「自然との共生」「祈りの文化」「美の中にある秩序」という共通の精神を宿しています。

この作品は、奈良の地に根づく静寂と、イタリアが持つ陽気な生命力を、
音と料理という“創造行為”によって結び合わせた、精神の旅路の記録です。

音楽を意味するイタリア語「Musica」という言葉の中には、
「SICA(=鹿)」という音が潜んでいます。
それは、奈良の象徴である神鹿のように、
時空を超えて響き合う“縁”の象徴でもあります。

奈良の大地に立ち、イタリアの空気を思いながら、
「音(Musica)」と「鹿(Sica)」、そして「縁(Enishi)」の

三つの糸を編むようにして生まれたのが本作です。

各楽曲は、リストランテ・ボルゴ・コニシのコース料理に合わせて構成され、
味覚と聴覚、感性と哲学が共鳴するように設計されています。
一皿ごとの香りや温度、素材の躍動と静寂の間に、
“人が生きるとは何か” “創るとは何か”という問いが浮かび上がるでしょう。

《 神鹿  SHINROKU 》は、単なるBGMではありません。
それは、料理人と音楽家、奈良とイタリア、天と地、

過去と未来をつなぐ “精神のレゾナンス”。

音と味が溶け合うその瞬間、あなた自身の内側で、
まだ知らぬ “創造する喜び(Giocare e Creare)” が静かに芽吹いていくことを願っています。


コーニッシュ
1
中庸の徳
Virtù di Mezzo
(来店時、料理が始まるまで)
 神鹿が姿を現すと、笙が象徴する「天から光がさす音」が地上に降臨し、物語の幕開けを告げます。祝福された地には清らかな気が流れ、身にまとわり付いている古い因習の翳りが、浄化されて行くのを感じます。穢れが祓われ、偽りのない魂の姿が詳らかにされて行くと、分を弁えた中庸の自己が顕現するでしょう。
2
奈良ハバネラ 
NARA Habanera
(フィンガーフード)[導き]
 薄暗い夜明けに、神鹿(しんろく)が目の前に現れ、出立を促します。穏やかな足取りに誘われるがまま、樫の木で作られた舟に乗り込みます。ゆっくりと航海がはじまるやいなや、雲間は晴れて行き、しなやかな海風と温かな太陽の恩恵がもたらされます。水上を逍遥する神鹿の後を追い、未知の航路へと足を踏み入れます。
3
反転する海鳥のオルゲンプンクト
 Viaggio del Pensiero
(アミューズ)[思索]
 神鹿に導かれた心の海に訪れる、さまざまな未知の体験が、思索の時をもたらします。もたげていた頭をふと上げると、海鳥たちが寄り添うように周囲を飛び回っているのを朧げに感じます。無数の羽ばたきのテクスチュア(質感や手触り)が、固有のクオリア(主観的な体験)を生み出し、自分の中に深く眠っている共感覚を呼び覚まします。
4
母なる心の調べ ~神性の復活
Canto Materno
(前菜、パン、リゾット)[再生]
 目を凝らして世界を見れば、森羅万象は渾然一体となって、一つのハーモニーを奏でていることに気が付きます。心の機微さえも有機的な循環システムに組み込まれているのです。厳然たる制約の中で、神鹿の前で、何度も問答を繰り返します。心のあるべき場所を理解した時、悟性とも異なる神性の復活を目撃します。
5
遊楽 
Giocare e Creare
(パスタ料理)[遊び]
 古語では「遊ぶ=神と交わる、芸を奏する、自然と一体になる」意味を持ちます。私たちは神の御前で “遊んでいる” とも言えます。イタリア生まれの楽器「マンドリン」と、イタリア移民の郷愁と魂を宿す「バンドネオン」に溶け合う「箏」の奏でる音色に耳を傾け、人間の温かさ、人生の切なさを感受し、その奥にある言い知れぬ喜びを感得しましょう。
6
ミスティ・ヴォヤージュ
Misty Voyage
(メイン料理)[試練]
 人は悲しき輪廻の前に、その妙なる歩みを止めることはできません。大きな繭のような母胎に身を委ねることができれば、その苦しみは少し和らぐのでしょうか。たとえ先の見えない霧の中を行く航海だとしても、巡る縁の先に救いは必ずあります。神鹿の足跡を追いながら、霧の海を渡って行くのです。
7
秘密の航路
Rotta Segreta
(ドルチェ、小菓子)[贈り物]
 人生という航海の中で、神鹿から静かな贈り物を受け取ります。何を受け取るかは人それぞれですが、私たちは段階を経て、自己というものを様々な尺度において理解し始めます。その過程で知る「諸行無常」の背後に秘密の航路は隠されています。未来を創造する大きなキャンバスには、希望が描かれています。
8
樹は語る
Narra d’Albero
(食後のティータイム)[記憶]
 古の記憶や全ての経験、業は、一人ひとりの内に聳える「樹」に記憶されています。私たちは長い旅を通して、この「樹」を育てています。神鹿の姿はいつしか見えなくなり、軽やかな足取りだけが微かに耳に残り、意識はまどろんで行きます。神鹿は樹々に宿り、風として語るのです。怖れずに飛び込めば、あらゆるものとの境目が消え、言い知れぬ喜びが訪れるでしょう。
9
静寂への帰還
Ritorno al Silenzio
(閉店後のクールダウンに)[昇華]
 何者にも囚われない自由性とは本来規律を乱すものではなく、あらゆるものと共鳴し得るものです。この世界には計り知れない天地からの贈り物に溢れていますが、その存在自体を見失うことがあります。この旅で心に宿った灯りが、これからも続く航海で、真なるものを見極め、必ずや助けてくれるでしょう。神鹿は消えるのではなく、すべての生命に宿っています。
山嵜  正樹
学生時代のアルバイトをきっかけに、料理人の道へ。奈良市にあったパスタ専門店「ピアット」で 11年間修業した後、2007年6月にオーナーシェフとして「ベッカン・ピアット」をオープン。2014年に「リストランテ ボルゴ・コニシ」と屋号を改め現在に至る。
在日イタリア商工会議所 AQI(Adesivo di Qualita Italiana)認定
2019年イタリア料理コンテスト「プレミオアッチ 2019」全国3位受賞
2021年「第1回奈良のいちご料理 or デザートコンクール 2021」ファイナリスト
2021年在日イタリア商工会議所主催「第 12 回全国イタリア料理コンクール 2021」優勝 及び「Japan Olive Oil Prize 賞」をダブル受賞
コーニッシュ
音を思想とし、アートを対話として奏でる作曲家。
作曲、演奏、指揮、文筆、デザインを自在に行き来し、芸術と科学のあいだに生まれる普遍的な美を追求している。
『ポケットモンスター』をはじめ、NHKやTBSなど数多くの番組音楽を手がけ、吹奏楽・協奏曲・アートプロジェクトまで幅広く展開。
独自の哲学と感性で世界と響き合い、ジャンルや時代を超えて心に残る音楽を創造し続けている。
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